アル=ムンタヒナ(アラビア語:الممتحنة、訳注:「尋問される女」、「尋問を受ける女」)は、コーランの第60章であり、13節からなるメディナ期のスーラである。
ムムタヒナ「試みられる女」とは第10節に現れる語であり、信仰者たちは、偶像を奉ずる者たちから逃亡してきた女性に対しては審問を行い、その上で彼女たちが本心からイスラームに入信したものと知れれば、偶像を奉ずる者たちの許へ送り返してはならないことが告げられている。これは、逃亡してきた者は男女を問わずすべて送り返すが、イスラームから宗旨替えをして戻っていった者については不問とし、偶像を奉ずる者たちが (イスラームの共同体へ) 彼らを送り返す義務はないものとする、預言者が交わしたフダイビヤの和議における条件の変更を意味していた。引き渡した場合、女性たちは、よりひどい迫害にさらされることになるという点と、また彼女たちが無力であるという社会的な状況が、この変更の理由である。避難してきた誠実な女性、また犯罪や、家族間の諍いが逃亡の原因ではない者については、送り返すかわりにムスリムが彼らのために (婚資を返還するなど) 賠償を支払った。ただしムスリムの夫は、その妻がクライシュ族の許へ逃れ去ったとしても、クライシュ族に賠償を支払うことはなかったが、何らかの僥倖によってイスラームの共同体に財貨がもたらされた際に、妻に持ち去られた財産を、彼女に代わって共同体が補償することになった。12節には、審問ののちに女性の逃亡者がなすべき誓約について記されている。啓示が下されたのは、ヒジュラ (移住) から数えて8年めのことであった。
الممتحنة【アラビア語】
試問される女 (問いただされる女) アル=ムンタヒナ (ムムタハナ) 朗読音声
試問される女 (問いただされる女) アル=ムンタヒナ (ムムタハナ)【日本語訳】
慈悲あまねく、慈悲深いアッラーの御名において。
1 信じる者たちよ。あなたがたは、われの敵も、あなたがたの敵も、(あなたがたが愛情を持って付き合う) 友として選んではならない。彼らに親愛の情を示してはならない。彼らは、あなたがたにもたらされた真理を信じず、またあなたがたが、あなたがたの主たるアッラーを信じたからといって、使徒とあなたがたとを追放した。あなたがたはわれの道のために奮闘し、われの喜びを求めて出てきたのに、彼らに親愛の情を持って (密会して) いる。われは、あなたがたが押し隠すものもさらけ出すものも、もっともよく知っている。あなたがたのうち、そうしたことをする者は、すでに平らかな道から迷っている。 2 もしあなたがたよりも優位になると、彼らはあなたがたの敵となり、悪意ある手と舌とを伸ばしてくるだろう。彼らは、あなたがたが (真理を) 拒むようになることを欲している。 3 あなたがたの親族も子どもも、復活の日、決してあなたがたの役に立たない。かの御方は、あなたがたのあいだに決着をもたらす。アッラーは、あなたがたが行っていることをすべて見ている。 4 イブラーヒームと、また彼と共にいた者たちとの中には、あなたがたへの、すぐれたひとつの模範がある。彼らがその民にこう言ったときのこと。「本当に私たちは、あなたがたとも、またあなたがたがアッラーをさし置いて仕えているものともまったく関わりがない。私たちは、あなたがたとは無縁である。あなたがたが唯一、アッラーだけを信じるようになるまで、私たちとあなたがたのあいだにあるのはただ永遠の敵意と憎しみだけ」。しかしイブラーヒームだけは別で、彼はその父に言った。「私にはアッラーに対して、あなたのためになれる力は何もありません。しかし私は、必ずあなたのために赦しを願いましょう」。(そして彼は祈った。)「主よ。私たちは、ただあなたにだけすべてを委ねます。本当に私たちは、ただあなたにだけ立ち返ります。行き着く先は、ただあなたの御許にだけあります。 5 主よ。私たちを、(真理を) 拒む者たちへの試練 (の的) などにはしないでください。そして私たちをを赦してください。本当に、もっとも威力ある御方、もっとも賢明な御方とはあなたのこと」。 6 この中にはあなたがたへの、アッラーと終末の日に希望を託す者への、すぐれたひとつの模範がある。たとえ誰が背を向けようと、本当にアッラーこそは満ち足りた御方、称賛にふさわしい御方。 7 おそらくアッラーがあなたがたと、あなたがたが敵意を抱く者たちとのあいだに親愛の情をおくこともあるだろう。アッラーは全能である。またアッラーはもっともよく赦し、もっとも慈悲深い。 8 アッラーは、宗教のことであなたがたに戦いをしかけたり、またあなたがたをその館から追放したりしない者たちに、あなたがたが親切、公平に接することを禁じていない。本当にアッラーは公平な者を愛する。 9 アッラーはただ、宗教のことであなたがたに戦いをしかけたり、あなたがたをその館から追放したり、またあなたがたの追放に手を貸したりする者を友とすることを禁じている。誰であれ、彼らを友とする者は不正をなす者。 10 信じる者たちよ。女の信仰者があなたがたの許へ移住者としてやって来たときは、彼女たち (の信仰) を試みなさい。彼女たちの信仰については、アッラーがもっともよく知っている。それで彼女たちが信仰者であることが知れたなら (真理を) 拒む者たちのところへ帰してはならない。彼女たちは彼らに合法ではない。また彼らも彼女たちに合法ではない。しかし彼らが (婚資として彼女たちに) 費やしたものは返すようにしなさい。あなたがたが彼女たちに婚資を与えるなら、彼女たちと結婚しても誤りではない。また、(真理を) 拒む女と関わりを保ち続けてはならない。あなたがたが費やしたもの (の返済) を求め、また彼女たちにも、費やしたもの (の返済) を求めなさい。それがアッラーの裁き、かの御方はあなたがたのあいだに裁きを下す。アッラーはすべてを知り、もっとも賢明である。 11 もしあなたがたの妻たちのいずれかが、あなたがたから、(真理を) 拒む者の許へ去り、あなたがたが (何かしらを得て) 優位に立つようになったなら、妻に去られた者たちに、かつて彼らが (婚資として) 費やしたのと同じ分を与え (て清算し) なさい。そしてアッラーを畏れなさい。あなたがたはその信仰者なのだから。 12 預言者よ。もし女の信仰者があなたのところへやって来て、何ものをもアッラーと同列に連ねず、窃盗も姦通もせず、子殺しをせず、手足のあいだでねつ造した偽証をせず、正しいことについてはあなたに逆らわない、と誓うときは、その誓いを受け入れ、彼女たちのためにアッラーの赦しを願いなさい。本当にアッラーはもっともよく赦し、もっとも慈悲深い。 13 信じる者たちよ。あなたがたは、アッラーの怒りを招いた民を友としてはならない。(真理を) 拒む者が、(埋葬された) 墓場の仲間に絶望するのと同じように、彼らは来世に絶望している。
試問される女 (問いただされる女) アル=ムンタヒナ (ムムタハナ) の解説と解釈
☪︎ すでに平らかな道から迷っている
預言者ムハンマドは、マッカに進攻することを決めたとき、マッカに事前に知らせが届かないよう、密かに計画を立てた。その時、ムハンマドの仲間であったハティブ・イブン・アリー・バルタアは、その計画を手紙に書き、マッカに送り、その見返りにマッカに滞在していた彼の家族に危害を加えないように頼んだ。しかし、この裏切りは啓示によって知れ渡り、手紙を届ける使いの者は途中で捕まった。このような行為はすべて、信仰の要求に反するものだ。
☪︎ 彼らはあなたがたの敵となり
戦争状態において、イスラームと非イスラームが戦線で二極化している場合、イスラームとして、非イスラーム戦線との関係を断ち切ることが必要である。たとえ親族や親愛なる人々がその一員であったとしても。真理を信じる者でありながら、同時に戦争状態にある敵と親密な関係を持つことは完全に間違っている。
☪︎ あなたのために赦しを願いましょう
預言者イブラーヒームは、多神を奉ずる父に対し、神が彼に赦しを与えてくれるよう嘆願すると告げた。しかしその願いは聞き届けられなかった。信仰なき者のために赦しを乞うことは許可されてはいないことだからである。
☪︎ 私たちを、拒む者たちへの試練などにはしないでください
イブラーヒームは初めは親しみをもって、神の唯一性のメッセージを家族に伝えた。自分の使命を遂行し一段落した後、聞き手が真理を拒絶し続けると、彼らから完全に離れた。 しかし、これはとても難しい状況だった。彼らと距離を置くと言ったことは、真理を拒絶する者たちが信徒たちにあらゆる嫌がらせをするように招くことに等しかった。最終的には、自分たちの敗北を埋め合わせるために、武力を行使して彼らを堕落させることになる。親族を導くことから自らを遠ざけることは、敵意を伴うものではない。それは単に、確固たる信念の表現である。その観点から、この行為は宣教的な価値を帯びることになる。「メッセージ」には影響されない人が、「信仰」の言葉には見事に心を動かされることがある。
☪︎ 敵意を抱く者たちとのあいだに親愛の情をおく
信仰ある者たちに対し、信仰なき者と度を越して極端に諍いあってはならないことが告げられる。やがて神により、信仰ある者と信仰なき者の間に友情が築かれる日が来ないとも限らないからである。そして後日、まさしくこれが実現した。のちにマッカの住民はムスリムとなり、イスラームの道において 尽力するようになったのである。
☪︎ 女の信仰者があなたのところへやって来て
この節はマッカを征服したその日に啓示された。預言者は、崇拝の際には神に何ものもその同位者として配さないこと。窃盗や姦淫、子殺しの罪を犯さないこと、また子どもたちに対する夫の父権を毀損しないことなど、信仰する女性たちの誓約を受け入れた。
☪︎ アッラーの怒りを招いた民
啓示された聖典を受け入れながら背信者である者と 、まったくの信者でない者たちは、来世に関する限り、同じレベルである。真理を否定する者たちは、人間が墓場から復活するとは思っていない。信仰を受け入れた後、宗教的な義務を忘れ、無頓着に陥っている啓典の民もいる。言葉では来世を受け入れているにもかかわらず、実際の生活は真理を否定する人々と同じなのだ。
THE WOMAN TESTED (al-Mumtahina)【英語訳】
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